ただ寝たいだけでさ

グレーとかのTシャツを着た女の子の脇とか首周りが汗で夕方少し風か吹き始めると塩になったしろくなって、あせ、の範囲がわかる。

生きてるからだから出てくる汗が形に残る。そんな時期。

 


最近幽体離脱しているらしい、医学的になんかちゃんとした言葉と説明があるが。

寝ている気がしない。

眠れたと思うと、実家にいる。逃げ出したいのに眠たいから自分の部屋で眠るけど、実家だから眠りが浅いし、幽体離脱してるから更に眠れていないに近い。

自分の考えうる最悪の結末が実家で行われていて、私はその中を彷徨っていて、おばあちゃんの声だけが聞こえる。

ほかの人たちは威嚇するように足音を出す。

近ずいてくる、目が覚める、眠る眠たい眠る眠たい眠る眠たい。

壁一面に有名な人のサインがたくさん書いてある、見たくもない関わりたくない。

見たこともない猫が、4匹もいる。

みんな達はどこへ言ったのだろう。

たくさんの本に囲まれて階段を上る、いつまでも玄関にたどり着けない、早くここから出たい、ここから出たい、私は危険な場所に居たくない。

おばあちゃんの部屋にたどり着く。

おばあちゃんは居ない。

その代わりに、お父さんが使っていた机がまだ残っている頃の部屋だった。

その机は血縁者が私の家から何もかもを物理的に搾取する家族にあげてしまった。

パニックになった。

あの机だ。まだある。机だ。つまり、おばあちゃんは、無理やり入院させられている時だ。

どうしよう。だれから、どれからなにを救えばいいんだ。

私は何も救えないまま目が覚めた。

とてつもなくお腹が減っていた。

健康のため体重をはかる。

41.4kg

きっと、また、夜まで眠る。こんな世界のこと何も見ていたくないから。

地図

すごい楽しいアフォーダンスの授業で地図を作れという課題が出て、それで出来たものです。本当なら画像があるのですが家がバレるので文章だけで。

 

 

いこうか、外、雨だけど、

このアパートさ、変に新しいから鍵がペラペラのプラスチックでさ、鍵かけたって感じしなくて、毎回毎回、鍵を抜いたあとガチャガチャうるさくしてるんだけど、全部の階の人がやってるっぽくて、あ、隣りの人、こんな時間にどこ行くんだろ、とか、分かっちゃうんだよね。

 


目の前のマンションの目の前の部屋の人さ、独特すぎるよね、あのあれ、そうそう、それをさ、ブラインダーのやや下に敷いて、少し新聞紙で窓を埋めるという。

なんだろう、すきま風かな、

 


今日の天気は、あれだね、寒いやつだね、歩いてたら暖かくなるね、とか、そんなこと、効かないやつだね、もう7月なのに、

雨だし。

 


そう、私のアパートを背にね左にまっすぐと進むだけなの、ただただ、

なんでもない道だよ、すこし、猫が彩りを加えてくれてるだけで

 


ここにねよく、ねこがね、いるんだよ、探しちゃうよね、踊らされてるわ、猫に。

 


そうそう、ここの十字路、魔の十字路1日10人は人轢かれてるんじゃないかってくらい交通整備出来てなくてさ、永遠と車走ってて、信号とかここの道にだけはないみたいで、私、免許とか持ってないからさルールとか分からないからさとにかく車が止まってくれるのを待ってるんだけど、めちゃくちゃ怖いんだよね。

 


ここを轢かれずに渡れたらあのグルグルがある美容院?理髪店?があるんだよ、まあ、少なくとも私は行かないけど、ちらっと見た限り漫画のレパートリーが凄まじく魅力的でその為だけに行きかけた時はあるけど。

 


そこから20歩いたらこんな風景になるの、不思議な町だよね、なんなんだろ、

嫌いじゃないよ、全然好き

 


またもう少し歩くと目的地が、ね、

すごい狭い道だよね、道というか、人が歩いていたから出来た“場所”な感じ、だよね。

 


道?の幅がこのくらい、しかないの分かるかな、人2人は無理なんだよ。真ん中だけ窪んでそこに砂利があって、膨らみの部分に、草が生い茂っていて、その、膨らみの部分、を今日みたいな日に歩くと確実に転ぶよね。

前も、ふと、ここに訪れたとき柴犬とおじさんが前からやってきてさ、犬と目が合って、あ、やばってなったんだよ

だって、通れないからね

それで犬と道を譲り合う感じになったんだけど、忘れてたんだよね、おじさんのこと、ふつうに、おじさんが、道、開けてくれたよね。

 


あ、ちょっとづつ見えてきた

にしてもすごい場所だよね、何なんだろうここ、なにかの畑となにかの畑の間の細い道ってなんて言うんだろう

言葉だけだと綺麗な田園風景思い起こすけど、全然違うし。ガッチガチの電波塔あるし、畑、なんにも生えてないし生えてる時も何が生えてるかわかんないし

 


近付くと、すごいよね、こんな平たくて狭い場所にこんなの作っちゃう?てか、つくれるんだ、みたいな

電波塔、だよね?嫌いじゃないよ、けどさ、これに関しては違和感が勝つよ

 


そう、私はね、これを見せたかったの

世界一細いんじゃないかなこの踏切、渡った先の風景、見える?

わたし、この先渡ったことがないんだ、この踏切を境にこの町のこと、何にも知らないんだよ

でもね、この、細すぎる踏切のことすごい好きなんだよ

ていうか、そもそも、この町のこと、私は、全然知らないんだよ、ぽんと引っ越してやってきてさ

で、あとまる1年くらいしたらまた違う町に私は行くわけで、そこで、わたしは、こんなふうに、こんな、この、踏切、みたいな存在に出会えるのかな

どうなんだろうね、これからさき、私はこの踏切のこと、覚えていられるのかなぁ

覚えていて欲しいけど、自分のこと自分がいちばん分からないもんね

帰ろうか

 

今日の夢

今日、夢で、お父さんに会った

本当に会った

何故か分からないけど、手を、さわった。

 


なにか、お互い小さな声でぼそぼそと、会話をした、何を話したか忘れたけれど、きっとそのくらい他愛のない会話をしたんだと思う。

だって人は、さっきのこと忘れちゃう生き物だから。

 


お父さんの手を、久しぶりにさわった

カサカサで指が長くて、爪の形がきれいで

 


右の人差し指は歩いてる時、バイクにぶつかって、爪が、変形していて、その、赤黒くなってそのままずっと変わらないその爪も、久しぶりに、みた。

お父さんの手をさわった、本当に久しぶりの感覚だった。14年振りにさわった。

私の身体の奥底にあの時の、触覚がまだ残っていた。私の身体は、忘れないでいた。

たった今のことすら忘れてしまう生き物なのに、14年も前のこと、眠っていた触覚は今日の朝方、目を、さました。

 


起きて、ひるの12時だった。

今日は、すごい暑いし、晴れで、なんか使命感でシーツを洗った

部屋もゴリゴリ掃除した、すこし、涙が出た。

そして今、この文章を書いている。

2017の「ハロスクール、バイバイ」という作品ぶりに舞台に出演するのだけれど、それまでにも

cocoon

ロミオとジュリエット

SHISHAMOさんの「中庭の少女たち」のMV

Maybe!のコラム2本

インベカヲリ★さんのモデルやったり

いろいろしてて

その期間、まあ、cocoonのオーディションと稽古含めて14~17歳の期間凄い活動してる面は幸せに満ちていて、何より人に恵まれていたなと。こころのそこから。

たくさんの優しい人たちに出会えたから今がある、とか言えちゃう私が居る現在。を作ってくれた期間で。

そこからなぜ、わたしは、演劇、またそれにまつわる制作、何かを作ること、から離れたのだろうかと、冷静に考える。

 


第1に、最後に出演した「ハロスクール、バイバイ」が個人的にものすごく不完全燃焼で、この時期、演出家の同時進行の作品があまりに多く作品を作ること、とは一体なんなんだろうか、自分自身が主役という役割を与えられそんなことを考えながらもお客さんは時間を割いて劇場にやってくる。そういった作り方と私と思考と劇場と人々、全てがチグハグに感じた。

そのチグハグさを抱えながら私は演じてしまったのだった。

そして、なにより、劇場へ向かう時間たちの考え方のすれ違いを演出の藤田さんと強く感じた。そこから、私は演じる、作る、携わる、ではなく、完全に裏方の仕事、学芸員等、について学べる大学の学部に入学した。

それまでは、油絵をやっていたが、作ること、を、17歳の時、私は完全に1度やめて、作るため、それを世に出すにはどう言った仕組みがあり、どうしたら人々が作品を見ることができるのか、という仕組みについて学ぶ事が大切であると考えたのだ。

 


家庭の方では、ハロスクール、の時に、無断で私の本名、仕事歴、外見、精神病をコンテンツとして扱い親が大儲けしていた。リストカットの事は書かれていなかった。このころ、初めて精神科に行った、家庭環境を聞かれると直ぐに児童相談所に連絡しますと言われた、私はそんなことされたら殺されると思い、泣きながらやめてくれと懇願し、サインバルタをもらって帰った。

そっから私はさらに表に出ることをやめてバイトと趣味に専念してなんだか無理やり楽しい高校生にしてた。でも、この期間の趣味たちにはほんとに救われた、音楽だった。

また違う自分の目線も生まれれば、家の中にいる時耳栓をするんじゃなくて、好きな曲を大きな音で聞くことでどうにか過ごせるようになったし。部屋にポスターを貼って、猫と過ごしていたら、そこはもう、私たちだけの世界だった。

 


ある日の事だった、理解ある彼くん、でもないし、分かり合えてる訳でもないし、正反対で、永遠とぶつかってはつながる、そんな恋人、つまりめちゃくちゃ健全な恋人とデートする約束があった。

私は基本的に洗面台を長時間使うことを許されては居ないが、兄は許されている、というか、実家(と言いたくないけど)の洗面所とふろ場はガラス張りでスケスケで、洗面所を使う=ふろ場が丸見えということなのだ。

私は用事があるので洗面所を使いたかった。

もちろん長風呂して中で違法アップロードされたバライティを見ている兄は分かっていても出てこない。ノックをする。無視。ノックをする。無視。全力でドアを殴る。ビビってキョドる兄。

兄は喧嘩をしたことが無い。

 


大急ぎで風呂を出た兄は部屋にいる私に向かって廊下からばーか!くそが!うにゃうにゃー!みたいなことを言っていたので、私は廊下に出て「お前が死ねばよかったのに」と、13年間思い続けてきたことを言った。

そしたら、喧嘩をしたことがない兄は、顔を殴ろうとしてミスって耳を殴った。

しかしピアスまみれの私には大打撃だった。

兄はそういうやつだ。

 


その後遅刻して彼に出会った時、「お前が死ねばよかったのに」という発言を思い返して涙がでた。お父さんはきっと望んでいない言葉だからだ。

 


家に帰るとお母さんが怒っていた、大学生がJKと風呂の長さで喧嘩してお母さんにチクっていた。うける。そんなこと言っちゃいけないのよ、と言われたので「今度から思っていることは言わないようにします」と言って部屋にもどった。

明日に親戚のおじさんが来ると言われた、お父さんが居ない私にお父さんの代わりのように親戚のおじさんをよく召喚する。

お父さんはお父さんでしかないのに。

次の日家で吉原炎上を見てたら親戚が来た

映画見終わってからでいいよと言われた、なんだよその気遣い。なんて思った。

このとき吉原炎上を見ていて良かったと思った、肝が座っている私だが、映画に影響を受け、いつも以上に肝が座って、劇中のかたせ梨乃の佇まいだった。

おじさんは「なんでおいちゃんがここにきちゅうかわかっちょると思うけど、お母さんの考えでひよは、これから一人暮らしすることになったら、家族のありがたみがわかるはずや」といった、

「私にあばずれ、クソ女、ヤリマン、ゴミ、そんなふうに言ってたお母さんは私の個人情報をばらした上に私のメンタルを壊して、その、個人情報のせいで、バイト先に変なおじさんが来たり、学校でからかわれたりしたことはなかった事ってことでいいんですか?」

と伝えた

おじさんの隣に座るおばさんは、ずっと苦しそうな顔をしていた。私と同じような言葉をかけられていたからだろう。反発する私と、反発せずおじさんの横に座ることを決めた人生のおばさん。

「そおゆう言葉はコミニケーションやき、まあ、ね、そおゆうこともあったのも知らんかったがやけどまぁこの家に産まれたからにゃしょうがないことや」

そう言われた

しょうがない

うける

うける

能が何が正しいのかわからなくなり解離して私が私を見ているのがまじまじと分かった。

何も解決しない会話があった高校三年生の真ん中だった。

 


この頃から、文章が書けなくなった。

精神世界の話、というより、目の前にある全てのものが精神世界だった。バグって見えていた。それを私は書いていた。もちろん採用?されることは無かった。

 


最初は学費も生活費も出さないと言っていたお母さんをほっといたらAOで受かった大学の入学金を、勝手に振り込んでいた、お母さんは本気で私のことを捨てる度胸がないからだ。

三学期の家にいる期間、毎日、過呼吸や手首がズタボロになるまで何かと罵られていたが、そこんとこは病気特有の能が忘れさせてくれていて覚えていない。

ただ覚えているのは、5万円突然渡してきて、受け取って、ありがとうって言わなかったと永遠と罵られて5万円くれてありがとうございますと私が泣きながら言う。的なプレイは毎日のようにあった。あるあるの私のお金がなかったらお前は死んでるんだぞ発言は普通すぎて能が普通だよ〜って覚えてる。

 


なぜ今こんなこと書いてるかっていうと、カウンセリングが進んで脳が思い出してきてるからで、そして、精神世界に生きていなくなっていて、外の感覚、皮膚とか温度とか空気とか、そういうのがやや分かるようになってきて、普通の人のように。

そして去年東葛スポーツのA-②をみて、初めてcocoonにでた時のような幸せな心を思い出して、ああ、そういえば私って、なにかつくったり、かいたり、演じるのが好きな人だった。うれしかった。自分が自分を思い出すまでに時間がかかってしまったけど。

そいで、金山さんにファンレターみたいなのを送って、出演することになって。

生きてる限り誰かは私の事見ててくれるし知ってくれるのかと、私っていう存在は私だけでどんだけ解離性同一性障害であろうと、私という物体は1つだったんだ。過去に何があろうと、今なんだな、と。

 


コロナでどうなるのか分からないけど無事本番を迎えられますように。

 


そして、愛する鴨志田穣さん、私のお父さん。苗字を借りました、ありがとうございます。ずっと一緒にいるなってきもちが、一番で。今までもそうだったけど、それ以上に。

 

勝手に過去のお父さんの画像をsns載せてる方がいらっしゃいますがライターを名乗るのならしっかりと許可を取ってください。

よろしくね

鴨志田ひよになりました

 


名前を少しかえただけなのですが、

なんだか日々楽です。

これから先出会う人に初めまして鴨志田ひよです。と言える喜び。

逆に今までなぜ囚われていたのか。まぁ、それは愛着性トラウマゆえの諦めのつかなさだったんだろうと思うのだけれど。

ただ、この名前にするのにも割と悩んで、死に引っ張られてしまうのではないかと、

でも、この名前にして、名乗ることすら億劫だった名前が消えて、羽ばたいていくイメージがついてきてきて。良かったんじゃないかなと。

別に人が変わった訳では無いけれど、私が少し明るくなりました。

 


よろしくお願いします。

恨み辛み

未成年の病は金になるね

 


私は死にたがりだけどちゃんと理由があって、それは、私が死んだらどういうふうに周りが動いて、血縁者がどんな感情になるかしりたいからで。

でも、死んじゃったら見れなくて。

だからカウンセリングの先生に、死なない程度に出血したり、線路歩いて保護されたらお母さんは心配してくれますか?って聞いたら(ここで初めて心配して欲しいのだと気づく)

「それは絶対ないですよ」と断言された。

 


でも、みんなは、ふつーにかなしんで、10年後20年後もかなしいな、とかふと思い出したりして、でも、生きてるんだよね。

私も心配してくれないし、死んでも1番悲しんで欲しい人に悲しんでくれないなら死ななくていいやって思うけど、それが一番私の体に穴を開ける。

 


なにか、形にしなければならない。

せっかく生きているのだから。こんな感情まれなんだし。

なにになるんだろう、わたしは。私は何になることができるんだろう。

現実的なこと、考えていかなきゃ、

安全人間講習

私が今の姿の私を肯定しないであげてどうするの。

私は、人生で初めて自分の顔と身体に満足出来ている。

というのも、努力の塊だからだ。

お金を頑張って稼いだ、トラウマから、逃れるため、12歳の頃の強制敵メスから逃れるために新たに自我のメスを何ヶ所かに入れ、私の外見は自信に溢れた。

頑張って働いた、という自主的なところも大きい。


プライドなんて、元々人権のない環境で育ったからもちろん無いし。

自我が芽生え、ある程度の自信が持てるようになった今、多少の悪意のある言葉や出来事を自分の努力というガードで少し跳ね返せるようになった。

 


というのも、大学の何とかセンターを使うための安全講習テストみたいなすごい簡単なテストに私は落ちてしまい、もう一度受けさせて下さいと、言った。

同じ学部の山口くんといつも一緒にいるなんとか君に、簡単な言葉でバカにされたのだけれど、私は、プライドもなんにもないし、頭も悪いし、なんとか君達みたいに恵まれた人生を今までもこれからも送ることはできないだろうけど。

私がした努力と、時間は私にしかできないことであることは間違いないことで、この努力と、この苦しみと、そしてそこからの脱却とまた続く道に私は、何度も死ぬことを考えてきてこれからも考えるのだろうけど、今日の私と彼らをふりかえって、私は、もしかしたら鉄のような無機物に近いと感じた。

わたしは、もう、人じゃない。悲しいことだけど、唯一無二とはこの事じゃないか?

醜さと集団と優劣を好むのが人間だ

私は、いつだってみんな、に入れないメスを入れたガリガリの劣等生だ。

 


彼らがきっと、人間の正しい姿だ。