人それぞれの非情

なんかふと、わたしは何にでもなれるし何でもできるけど何もしないという選択肢を忘れてはいけないなと思った

生きるだけでいいし生きてればいいからそこにそんなに意味を求めたら焦燥感でやっていけなくなる

お金は今みたいに女の尊厳を売り買いしてれば生きていけるし、

誰かを好きでいることも義務じゃないし自分を好きでいなくちゃいけないなんて義務もない

だからといって誰かを憎むな、なんてことは無いし、許せない人を何度も心の中で殺しまくってるけど

私のことを特別とか、悲劇のヒロインとか、カフカの変身かよ、とか、きちがいとか、かわいいとか、バンギャごっこしてるとか、かわいそうな子とか、病気とか、売女とか、頭の弱い子とか、二世とか、世間知らずとか、整形顔とか、頭がいいとか、ブスとか、でぶとか、金持ちの道楽とか、文才があるとか、才能があるとか、あばずれとか、こどもとか、死んだ方がいいとか、特別とか、色んなこと言われるけど、全部それは私じゃないから、あなたの中の私に、あなたが勝手に気持ちよくなって射精しないでね、って話しで

でもこれを読んで、それをわかってくれる人はほぼほぼ居ないから、また私の出来事に無責任な言葉を産み付けて無責任に私を苦しめる

優しささえも押しつけならば暴力だから、そして、その優しさを受け止めない私は非情だと言われるから

 


こうやって書き記す事で忘れないようにする

私の頭の中はいつだってずっとよくわかんない意味もない言葉が沢山流れているから、たまには記したくなる