地図

すごい楽しいアフォーダンスの授業で地図を作れという課題が出て、それで出来たものです。本当なら画像があるのですが家がバレるので文章だけで。

 

 

いこうか、外、雨だけど、

このアパートさ、変に新しいから鍵がペラペラのプラスチックでさ、鍵かけたって感じしなくて、毎回毎回、鍵を抜いたあとガチャガチャうるさくしてるんだけど、全部の階の人がやってるっぽくて、あ、隣りの人、こんな時間にどこ行くんだろ、とか、分かっちゃうんだよね。

 


目の前のマンションの目の前の部屋の人さ、独特すぎるよね、あのあれ、そうそう、それをさ、ブラインダーのやや下に敷いて、少し新聞紙で窓を埋めるという。

なんだろう、すきま風かな、

 


今日の天気は、あれだね、寒いやつだね、歩いてたら暖かくなるね、とか、そんなこと、効かないやつだね、もう7月なのに、

雨だし。

 


そう、私のアパートを背にね左にまっすぐと進むだけなの、ただただ、

なんでもない道だよ、すこし、猫が彩りを加えてくれてるだけで

 


ここにねよく、ねこがね、いるんだよ、探しちゃうよね、踊らされてるわ、猫に。

 


そうそう、ここの十字路、魔の十字路1日10人は人轢かれてるんじゃないかってくらい交通整備出来てなくてさ、永遠と車走ってて、信号とかここの道にだけはないみたいで、私、免許とか持ってないからさルールとか分からないからさとにかく車が止まってくれるのを待ってるんだけど、めちゃくちゃ怖いんだよね。

 


ここを轢かれずに渡れたらあのグルグルがある美容院?理髪店?があるんだよ、まあ、少なくとも私は行かないけど、ちらっと見た限り漫画のレパートリーが凄まじく魅力的でその為だけに行きかけた時はあるけど。

 


そこから20歩いたらこんな風景になるの、不思議な町だよね、なんなんだろ、

嫌いじゃないよ、全然好き

 


またもう少し歩くと目的地が、ね、

すごい狭い道だよね、道というか、人が歩いていたから出来た“場所”な感じ、だよね。

 


道?の幅がこのくらい、しかないの分かるかな、人2人は無理なんだよ。真ん中だけ窪んでそこに砂利があって、膨らみの部分に、草が生い茂っていて、その、膨らみの部分、を今日みたいな日に歩くと確実に転ぶよね。

前も、ふと、ここに訪れたとき柴犬とおじさんが前からやってきてさ、犬と目が合って、あ、やばってなったんだよ

だって、通れないからね

それで犬と道を譲り合う感じになったんだけど、忘れてたんだよね、おじさんのこと、ふつうに、おじさんが、道、開けてくれたよね。

 


あ、ちょっとづつ見えてきた

にしてもすごい場所だよね、何なんだろうここ、なにかの畑となにかの畑の間の細い道ってなんて言うんだろう

言葉だけだと綺麗な田園風景思い起こすけど、全然違うし。ガッチガチの電波塔あるし、畑、なんにも生えてないし生えてる時も何が生えてるかわかんないし

 


近付くと、すごいよね、こんな平たくて狭い場所にこんなの作っちゃう?てか、つくれるんだ、みたいな

電波塔、だよね?嫌いじゃないよ、けどさ、これに関しては違和感が勝つよ

 


そう、私はね、これを見せたかったの

世界一細いんじゃないかなこの踏切、渡った先の風景、見える?

わたし、この先渡ったことがないんだ、この踏切を境にこの町のこと、何にも知らないんだよ

でもね、この、細すぎる踏切のことすごい好きなんだよ

ていうか、そもそも、この町のこと、私は、全然知らないんだよ、ぽんと引っ越してやってきてさ

で、あとまる1年くらいしたらまた違う町に私は行くわけで、そこで、わたしは、こんなふうに、こんな、この、踏切、みたいな存在に出会えるのかな

どうなんだろうね、これからさき、私はこの踏切のこと、覚えていられるのかなぁ

覚えていて欲しいけど、自分のこと自分がいちばん分からないもんね

帰ろうか

 

今日の夢

今日、夢で、お父さんに会った

本当に会った

何故か分からないけど、手を、さわった。

 


なにか、お互い小さな声でぼそぼそと、会話をした、何を話したか忘れたけれど、きっとそのくらい他愛のない会話をしたんだと思う。

だって人は、さっきのこと忘れちゃう生き物だから。

 


お父さんの手を、久しぶりにさわった

カサカサで指が長くて、爪の形がきれいで

 


右の人差し指は歩いてる時、バイクにぶつかって、爪が、変形していて、その、赤黒くなってそのままずっと変わらないその爪も、久しぶりに、みた。

お父さんの手をさわった、本当に久しぶりの感覚だった。14年振りにさわった。

私の身体の奥底にあの時の、触覚がまだ残っていた。私の身体は、忘れないでいた。

たった今のことすら忘れてしまう生き物なのに、14年も前のこと、眠っていた触覚は今日の朝方、目を、さました。

 


起きて、ひるの12時だった。

今日は、すごい暑いし、晴れで、なんか使命感でシーツを洗った

部屋もゴリゴリ掃除した、すこし、涙が出た。

そして今、この文章を書いている。

よろしくね

鴨志田ひよになりました

 


名前を少しかえただけなのですが、

なんだか日々楽です。

これから先出会う人に初めまして鴨志田ひよです。と言える喜び。

逆に今までなぜ囚われていたのか。まぁ、それは愛着性トラウマゆえの諦めのつかなさだったんだろうと思うのだけれど。

ただ、この名前にするのにも割と悩んで、死に引っ張られてしまうのではないかと、

でも、この名前にして、名乗ることすら億劫だった名前が消えて、羽ばたいていくイメージがついてきてきて。良かったんじゃないかなと。

別に人が変わった訳では無いけれど、私が少し明るくなりました。

 


よろしくお願いします。

恨み辛み

未成年の病は金になるね

 


私は死にたがりだけどちゃんと理由があって、それは、私が死んだらどういうふうに周りが動いて、血縁者がどんな感情になるかしりたいからで。

でも、死んじゃったら見れなくて。

だからカウンセリングの先生に、死なない程度に出血したり、線路歩いて保護されたらお母さんは心配してくれますか?って聞いたら(ここで初めて心配して欲しいのだと気づく)

「それは絶対ないですよ」と断言された。

 


でも、みんなは、ふつーにかなしんで、10年後20年後もかなしいな、とかふと思い出したりして、でも、生きてるんだよね。

私も心配してくれないし、死んでも1番悲しんで欲しい人に悲しんでくれないなら死ななくていいやって思うけど、それが一番私の体に穴を開ける。

 


なにか、形にしなければならない。

せっかく生きているのだから。こんな感情まれなんだし。

なにになるんだろう、わたしは。私は何になることができるんだろう。

現実的なこと、考えていかなきゃ、

安全人間講習

私が今の姿の私を肯定しないであげてどうするの。

私は、人生で初めて自分の顔と身体に満足出来ている。

というのも、努力の塊だからだ。

お金を頑張って稼いだ、トラウマから、逃れるため、12歳の頃の強制敵メスから逃れるために新たに自我のメスを何ヶ所かに入れ、私の外見は自信に溢れた。

頑張って働いた、という自主的なところも大きい。


プライドなんて、元々人権のない環境で育ったからもちろん無いし。

自我が芽生え、ある程度の自信が持てるようになった今、多少の悪意のある言葉や出来事を自分の努力というガードで少し跳ね返せるようになった。

 


というのも、大学の何とかセンターを使うための安全講習テストみたいなすごい簡単なテストに私は落ちてしまい、もう一度受けさせて下さいと、言った。

同じ学部の山口くんといつも一緒にいるなんとか君に、簡単な言葉でバカにされたのだけれど、私は、プライドもなんにもないし、頭も悪いし、なんとか君達みたいに恵まれた人生を今までもこれからも送ることはできないだろうけど。

私がした努力と、時間は私にしかできないことであることは間違いないことで、この努力と、この苦しみと、そしてそこからの脱却とまた続く道に私は、何度も死ぬことを考えてきてこれからも考えるのだろうけど、今日の私と彼らをふりかえって、私は、もしかしたら鉄のような無機物に近いと感じた。

わたしは、もう、人じゃない。悲しいことだけど、唯一無二とはこの事じゃないか?

醜さと集団と優劣を好むのが人間だ

私は、いつだってみんな、に入れないメスを入れたガリガリの劣等生だ。

 


彼らがきっと、人間の正しい姿だ。

ゼリーを食べて見た夢は

2021/04/30午前1時33分36.8

2021/05/01午前0時15分37.2

2021/05/01午前3時16分36.8

2021/05/01午前7時12分36.7

2021/05/01午後4時59分37.3

2021/05/01午後6時11分37.2

2021/05/01午後9時1分37.0

 

 

 

PCR検査をはじめてうけた

怖くて怖くて熱を測りまくってた

陰性だった

 


血縁者から、くそ高いんであろうなんかフルーツのゼリー達が送られてきた。それを食べて変な体調不良の期間をすごしていたのだけれど、食べれば食べるほど、嘔吐するようになった。

 


夜中に熱がぐんと上がり、不安で(なんの?)涙が止まらなくなる日が続いた。(なんで?)

トイレで泣いて吐いて、放心して、泣いて、気付いたら朝で。そんな自分が虚しくて泣いて、寝る。

 


今とは逆で、20歳の心を持った14歳の私が夢の中で友達と買い物した。

 


地下アイドルになって縁が切れたあのこ

ずっと一方通行な友情を押し付けてきたあのこ

いつも一緒に居たあのこ

 


歩いて歩いて、すれ違いざまにそのこ、たちと話した。

最後に2人になって、隣を見ると、思っていた人とは違う人になっていた。

夢の中、14歳、たのしかった。わたしは15歳をきっかけに死んだと思っていたが、ちゃんと繋がっていることに最近気がついた。

もう連絡も取らないし、会うことも無い、そんなこたちも、繋がっていて、同じ14歳を過ごしていてもみな、結局大人になると、グロテスクな生き物になる。

14歳、私はここから動けていない。

身の回りの変化をグロテスクと感じてしまうけれど、それは、一般的に言う成長であり、社会性であったり、普通。なのかもしれない。

私はみんなの背中を見守るのも辛いからピントをずらして、ぼんやりと今、の、あの子たちを見つめている。

 


ゼリー

自分で解決したことなのだけれど、ストレスを口に入れているようなものだから当たり前だよな。と、思った。

高級な何かのゼリーに謝って葬った。

その後。

ツルハドラッグで好きな蒟蒻ゼリーと、お菓子と、インスタントのラーメンとかスープを買いにゆく。

食べれた。

嬉しかった。

止まってる私だけれど、何かを口にできて、排泄して、眠れていれば、いつか、私が私を……いつか。……。

踊るような日記

解離している今、思う。

なぜ、血縁者は死を考えさせるほど私を苦しめるが直接的に手を下さなかったのだろうか。

もちろん、それは苦しめることは一種快楽であり、生き方のひとつだからとしか言えない。

そこで、私は自分を傷つける。

そして、それも癖になり、快楽になる。

鏡合わせのように、血縁者と私は、知ってはいけない快楽を知ってしまい、その生き方しか知らない人生を歩んでいる。

ただ、こういった快楽、や、癖、も、治せるらしく、若ければ治りが早い可能性もあるらしい。

 


この、癖、を止めて、と第三者(私ではない)に言われた時怒りが込み上がる。

そんな生き方しか知らない私、を知らなかったんだ、この人は、と、思ってしまう。

冷静に考えたら、怪我をしている人がいたら助けるように私に声をかけてくれている人がいるということなんだなと、最近わかった。

 


こういう時に今までみんなごめんなさい、と、言っていたけれど、感謝の言葉を伝えるんだよ、と大切な人から教わった。

この文章のように、私は凄いスピードで生きている。